紀州内の支城のページ

1)天正13年〜慶長5年
 天正13年の秀吉の紀州攻めの後、大和大納言(秀長)領の支城として、外来系(秀吉家臣)の居城と在地系(秀吉に下った領主)の城郭が存在していた。
a)外来系領主の城郭
和歌山城 和歌山市一番町 桑山氏
猿岡山城 那賀郡粉河町 藤堂氏
広城 有田郡広川町 尾藤氏
入山城 日高郡美浜町 青木氏
泊城 田辺市 杉若氏
上野山城 田辺市 杉若氏
赤木城 三重県南牟婁郡紀和町 伝藤堂氏?
b)在地系領主の城郭
白樫城(満願寺山)城 有田郡湯浅町 白樫氏
手取城 日高郡川辺町 玉置氏
日置八幡山城 西牟婁郡日置町 安宅氏
新宮堀内館 新宮市 堀内氏
その他

2)慶長5年〜元和5年
 関ヶ原の戦い後、甲斐より浅野幸長が37万石で紀伊一国に移る。
 浅野氏は和歌山城を本城に以下の支城を配置した。
田辺洲崎城 田辺市洲崎 浅野左衛門佐
田辺湊城 田辺市 浅野左衛門佐
新宮城 新宮市丹鶴 浅野右近大夫

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3)元和5年〜明治維新
 芸州の福島正則の改易に伴い、紀州は浅野氏から駿河徳川家(徳川頼宣)が入封。以後、御三家の紀州徳川家が治めることになる。
 徳川氏は和歌山城を本城に、新たに伊勢に加増領地を持ち、以下の支城を配置した。
田辺城 新宮市丹鶴 水野氏(附け家老)
新宮城 田辺市 安藤氏(附け家老)
田丸城 三重県度会郡玉城町 久野氏
松阪城 三重県松阪市 松阪城代預かり
貴志城 那賀郡貴志川町 三浦氏

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